チキチキ!火種だらけの映画評

映画のネタバレ記事が多いと思います。私の映画の趣味をやさしい人は“濃い”といいます。

不謹慎が現実を浸食する「ムカデ人間3」というアメリカ批評映画

このシリーズが偉いのは、常に前作と同じテイストにならないようにしていること、そして「ムカデ人間」のインパクトから脱却を計っている事だと思う。

 

1作目「ムカデ人間」はムカデ人間というビジュアルありきの映画だった。人間を一つの管として考え、肛門と口(食道)を繋げる。先頭の人間の排泄物が二番目の人間の食料となり、その排泄物が三番目の人間の食料となり…。

 

「今からあなたたちに起こる事を説明します」と、マッドサイエンティスト、ハイター博士が拘束されたムカデ人間の犠牲者にインフォームド・コンセントする。非常に悪趣味である。


考えただけでもおぞましい、この「ムカデ人間」というアイディア、発明こそが、肝の映画だった。

 

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問題作かつ傑作の2作目。

俺たちのマーティンの登場である。

彼は「ムカデ人間」に憧れて、「ムカデ人間」の真似をする模倣犯。前作である「ムカデ人間」のエンドロールを眺めるマーティンからはじまるというメタなはじまりとなっている。

 

マーティンにとっては現実は生きる価値のない鬱屈した場所で、唯一の逃げ場が趣味としての「ムカデ人間」である。

しかし、その唯一の逃げ場すら「社会悪」とされる。唯一の逃げ場すら奪われ、追いつめられていくマーティンに観ているものは感情移入する構造になっており、「ムカデ人間」を作ることが物語のカタルシスになっている。頭がおかしい。

 

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そして今回の3作目。またしても前作のラストからはじまり、また同じようにそれを眺めている人がいる。

アメリカのとある州のジョージ・ブッシュ刑務所の刑務所長、ビル・ボスと、その助手ドワイトだ。

刑務所長ビル・ボスはフルメタルジャケットハートマン軍曹を彷彿させる。彼は一作目の「ムカデ人間」でハイター博士を演じたディーター・ラーザー。罵詈雑言を流れるように吐く。

(ぶっちゃけ「ムカデ人間3」の罵詈雑言はテンポが悪いと思う。もうちょっと編集でなんとかならんかったんか…) 

 

そんな刑務所長に「ムカデ人間シリーズ」を見せている助手ドワイトを演じるのはマーティンを演じたローレンスRハーヴェイ。

 

ビル・ボスはジョージ・ブッシュ刑務所に収監されている犯罪者たちに手を焼いている。ネイティブアメリカン、黒人、日本人、中東の人、さまざまな人種、政治信条を持った人間たちが収監されている。


刑務所長は囚人たちをおとなしくさせるために、ネイティブアメリカンを熱湯で拷問にかけ、黒人の腕の骨をおり、中東の人を去勢する。ひどい!

 

しかし、どれほど頑張ろうとも、インテリを気取り、キューバ産のタバコを吸う州知事は、刑務所長を認めず、挙げ句の果てにはクビを切ろうとする。

 

もし、刑務所長が今の立場を、力を失えばどうなるか…ネイティブアメリカン、黒人、日本人、中東の人、さまざまな人種、政治信条を持った人間が、無力になった自分を襲ってくる、そうに違いない、襲われたときに自分が丸腰だったならば、必死の命乞いも虚しく、脇腹をさされ、その傷から腎臓をレイプされる。そうに違いない。恐ろしや、恐ろしや。

自分をバカにし、クビを切ろうとする共産主義者の州知事を納得させ、隙あらば自分を襲おうとする囚人たちを黙らせる、そんな一石二鳥な手段があるのだろうか…。


「この刑務所にいる犯罪者たちをおとなしくさせるいい方法があるんです」

悪魔が囁くようにドワイトは言う。


ムカデ人間」計画があるんです。そうはじめは聞く耳を持たなかったビル・ボスも、いつしかこの素晴らしい方法に…気づいてしまう。そうか、そうすれば全て解決。


積極的平和主義とはこのことを言うのだろうか…。ネイティブアメリカン、黒人、日本人、中東の人、さまざまな人種、政治信条を持った人間を、「惑星ソラリス」よろしく、ひとつの生命体「ムカデ人間」にしてしまうのである。

(ただし「ムカデ人間」を抽象化し過ぎた結果、もはや意味としての存在になってしまい、本来持っていたビジュアル的なおぞましさは、逆に薄れてしまっている、これは仕様がない気がするが…) 

ハクトウワシが空を自由に飛び回る下で、身動きを取れなくなったムカデが喘いでいる。
地獄だ。地獄なのだ。
ジョージ・ブッシュ刑務所で高らかに、ビル・ボスが雄叫びをあげる。ジョージ・ブッシュの頭の中で、ハクトウワシが空高く飛び回る。アメリカ、アメリカ。

 

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一作目では悪趣味なジャンル映画に過ぎなく、ずいぶん現実から遠い場所にいた「ムカデ人間」が、今作では2000年代アメリカ批評という形で、現実にずいぶん近づいた。

 

ムカデ人間3」が映し出されるスクリーンは、さながら「マルコヴィッチの穴」。

ジョージ・W・ブッシュの頭の中をのぞいてみよう、とトム・シックス監督はきっとこの映画を作り始めたのだろう。

 

2作目の主人公マーティンが、助手ドワイトと姿を変えて、ビル・ボスというアメリカの白人貧困層を象徴する存在に「ムカデ人間」を教える。ビル・ボスはネイティブアメリカン、黒人、日本人、中東の人、さまざまな人種、政治信条を持った人間たち、500人もの人間を「ムカデ人間」にする。これが何かの冗談で、映画の中の出来事ならば笑える。

 

しかし、実際にイラク戦争ではジョージ・W・ブッシュを支持した白人貧困層たちが「ムカデ人間」さながらの捕虜への虐待を繰り返してた現実がある。

 

アブグレイブ刑務所における捕虜虐待 - Wikipedia

 

映画の中で「ムカデ人間シリーズ」のトム・シックス監督としてトム・シックスが登場するが、彼はジョージ・ブッシュ刑務所で行われる残虐非道な虐待のあまりの酷さにショックを受け、ゲロを吐く。

 

「皆、ムカデ人間は残虐非道で、非倫理的だって言うけれども、現実にはもっと酷い事が行われているんだよ!」

 

白人貧困層たちはアメリカの産業が金融や情報産業に移り変わることで職を失った。職を失った彼らは職を求めて軍へと志願する。そんな彼らの一部がイラクで捕虜虐殺を行った。

捕虜虐殺を行った女性軍人、リンディ・イングランドは捕虜虐殺についてアメリカの電子新聞の取材でこう答えている。

 

「彼ら(収容者)は無実ではない。われわれを殺そうとしたのであり、謝罪は敵に謝るようなものだ」

 

これは映画の中のセリフではない、現実に2000年代に、アメリカで本当に言われた言葉なのだ。

ジョージ・ブッシュ刑務所で、高らかに雄叫びをあげたビル・ボスは実際に存在したのだ。